痛みは溜まっている怒り

精神分析医のスタンリー・コーエンはこう言っています。

『現在の状態は、注意を心からほかのもの(身体をも含む)へそらして、抑圧を順調に進めるために手助けをしている。抑圧は、恐ろしい憤怒の外面化を避けるために必要となる重要なプロセスである。無意識下の憤怒の存在に気がついてしまえば、注意をそらす必要がなくなる』

そして、カナダの精神分析医のグレイムテイラーは、『どれほど洞察しても、無意識下にあるものを意識化することはできない。ただ抑圧された感情の存在に気づかせることができるだけだ。』と言っています。

私の他のブログでもお話しました。

つまり、

痛い!というのは、気の迷い?

人は、自分の本音を無視してきたから、それが溜まっている。

それが意識できない無意識であり、爆発寸前。

それでも、本人が気がつかないから、

身体に痛みとして訴えている!

自分が自分に。

自分の魂が、自分の顕在意識に、叫んでいる。

意識できない無意識があるのは、わかった。

でも、その、なにを溜めているのか、自分で意識できない=知ることができない、なら、どうにもならないじゃない!と思うわけですね。

病気になるまでわからないのなんて。

例えば、一人子だから、DV受けた老親の面倒を見なければならない人も多いです。とてもつらいですよね。施設にいれてしまえばいいかもしれないけれど、高額で支払えない人もいる。

すべての人がそういう親を施設にいれてしまって、他の人に面倒をみてもらえばいい、なんてなりません。

子供の問題もあれば、夫はふんふん、としか言わないとか。

耐えることばかり。

という人は、かなりいらっしゃいます。実際。

占いでもそういうご相談、本当に、多いです。

本音を言える人もいない。家の中のことなんて、他人に話せない。

ですから、よけいに自分一人で溜め込んでしまう。

でも、ですよ、

たとえ、ではありますが、今書いたような問題の場合、ですが、

辛い、悲しい、色々考えることがありすぎて疲れた、という気持ちでしょうけれど、

本当は、怒っているのだと思います。

それは、老親に対して。子供に対して。夫に対して。

そして、怒ることができない自分に対して。

そういう自分がいるんだ、と気がつくことが大事。

無意識にためこんだものを、わざわざ思い出すこともありません、と思います。

睡眠療法で思い出して、すっきりした、という人もまれにいます。

でも、そこまで必要がない、と精神分析医のスタンリー・コーエンは言っています。

『無意識下の憤怒の存在に気がついてしまえば、注意をそらす必要がなくなる』と。

そういうことで、自分は、本当は、

怒っている!!!

ということに気がつけば、

そうか、自分は、夫にも理解してもらえないので辛いとか、

最後まで面倒見させるのか、散々しておいて、と老親を憎んでいるとか、

細かいことを思うより、

そうか、自分は、全てに対して怒っているんだ、

意識しているその人たちに対しての感情以外に、もっともっと怒っているなにかが潜んでいるんだ!

それだけで、痛みが消えていくらしいのです。

早ければ数週間。

また、ぶり返したとしても、あ、そうだった、そういうことだった、と思い出すだけで、瞬時に痛みがなくなる人もいるようです。

極端な話し、

自分の脳に、どなりつけてもいいと思います。

「自分は、歩けるんだ!痛がっている場合じゃないじゃないか!!!」と。

痛みって、こんなふうに痛い、と口で言っても、

レントゲンで視えるものではないので、相手には伝わらないし、

解決方法もないですよね。

とりあえず、湿布。

ほかにも書きましたが、目には神経がないのに、目の手術をすると痛がる人が何千人に1人くらいいる。

それは目の玉の周囲の筋肉と血管が過度の緊張で、血の巡りが悪くなり、血の中の酸素不足になって、それが、痛みを生じる、といいます。

ですから、人によっては、なんでもないのです。

確かに、痛いとどうしようもないですよね。

痛くなくても不自由でも動けるならそれなりに活動ができる。

痛みがあると、どうにもならない。まったく動こうとも思えない。

そこから、脱出したいですよね。